Wednesday 21 November 2018
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huffingtonpost - 15 days ago

私にとって「帰国子女」の言葉は免罪符。日本人的規範に合わない「罪」を許してもらうため


私は父親の仕事の都合で、1歳から6歳までアメリカに住んでいました。しかしながら、自分が「帰国子女」であると気づいたのは小学5年生のことでした。なぜなら、それまで私は「帰国子女」という言葉を知らなかったからです。海外で幼少期を過ごした子どもとそうではない子どもが区別されることを知らなかったからです。私は東アジア人らしい容姿をしています。日本人にしては少し彫りが深く、背もかなり高いため、しばしば外国人だと勘違いされることもありますが、基本的には日本にいれば日本人だとみなされます。私がアメリカに住んでいたのはたったの5年でしたが、その経験は私のアイデンティティや精神的な面に大きな影響を与えました。1歳から6歳という、自我の形成期をアメリカでアメリカの子どもたちに囲まれて過ごしたのですから、当然であろうとは思います。例えば、私が通ったキンダーガーデンとプレスクールでは、自分の気持ちを主張する練習がなされていました。多くの人が知っていることだとは思いますが、アメリカでは、優等生とは自分の意見を主張し、自ら動き、己の行動に責任を持てる生徒のことをいいます。このアメリカ的優等生像と、真面目で控えめで聞き分けの良い生徒という日本的優等生像はしばしば比較されて語られます。アメリカでそのように教育された私は、自分の意見を主張することが得意です。しかし、日本の教育現場でそのような振る舞いをすれば、当然ながら浮いてしまいます。「お前はでしゃばりだ」といじめられたこともあります。アメリカの常識は日本の常識とは大きく異なるものです。たったの5年間とはいえ、アメリカの常識を吸収して育った私が帰国し、日本人として生活すると、まわりの人々に違和感を与えます。
多様性にも配慮があるインターナショナルスクールや都市部の有名学校ならば、このような事態は起きなかったかも知れません。しかしながら、私が通ったのは関西の市立学校です。生まれも育ちも同じ子どもたちが集まった場所で、でしゃばりで、関西弁が下手で、とにかく何やら様子がおかしい子どもがひとりいた。それが私でした。目をつけられたのは当然の成り行きだったように思えます。先にも述べたとおり、私は東アジア人然とした容姿をしています。それゆえ、日本人の名前を持ち、流暢な日本語を話す私が、まさか外国にルーツを持っているとは誰も考えません。ですので、いわゆる「日本人らしくない行為」をすると、大変驚かれ、注意されることさえあります。たとえそれが、法律はもとより、マナーにも違反していないことであってもです。「もしも私が外国人ならば、外国人だと思われるような容姿をしていたならば、ハーフ顔ならば、恐らくそのように注意されることはなかったんじゃないか?」そんなことを考えても仕方がないことは分かっていました。ですが、考えずにはいられませんでした。私の同級生にハーフの子がいました。当時は、ハーフであるだけで日本人らしい振る舞いができなくても許されてしまうその同級生が羨ましくて仕方なかった。ハーフにはハーフなりの、私のものとは逆ベクトルの、しかし表裏一体の悩みがあるのだと知ったのは、もっとあとになってからでした。私は見た目が日本人です。ですから、日本人らしい振る舞いを期待されています。そして、人々の無意識の領域にある「日本人的規範(私はそう呼んでいます)」から少しでも外れることがあると、「そんなの誰もやらない」「やってるのはあなただけ」「外国人じゃないんだから」といったような注意を受けます。「帰国子女」という言葉を、小学5年生で知って以来、私はまるでこの言葉を免罪符であるかのように使っていると自分で感じます。日本人なのに日本人的規範に合った行動ができない罪を勘弁してもらうための免罪符です。この免罪符がないと、私は「なんだか様子が変な人」「扱いにくい人」として、場の片隅に追いやられ、攻撃され、無視されるかも知れません。理想としては、私がまわりの人に与える諸々の違和感が、全て私の個性として受け止められる社会が一番いいのでしょう。しかしながら、現実はそうではありません。そのような社会がすぐに到来するとも思えません。これが「島国根性」というものなのかどうかは分かりませんが、日本人には、日本人と非日本人の区別を明確にしたがる人が非常に多いようです。記憶に新しいところでは、大坂なおみ選手の国籍についてもそのような議論が繰り広げられました。外国人には外国人に対する扱い、日本人には日本人に対する扱いが、人々の無意識の領域で自動的に決められているような気がします。そして、日本人であるはずなのに何だか日本人らしくない、中途半端な存在が帰国子女です。他の帰国子女がどうかはわかりません。しかし、私は、日本人というアイデンティティと日本人的規範にきっちり合わせていくことができないという矛盾を抱えて、今もそこで苦しんでいます。
いつまでも「帰国子女」という免罪符に頼り続けるのは嫌です。となると、現時点で私に残された道はふたつだけです。日本人として日本人的規範に合わせるよう努力するか、「なんか変な人」「変わった人」というレッテルを貼られながらも何とかやっていくか。とはいえ、日本人的規範というのも、あくまで外国人の多い都市部での話ですが、かつてに比べると、その存在感がかなり薄くなってきていると感じます。これが世に言うdiversityの波か、と感心します。多様性やルーツの議論をするときに、話題に上がるのは移民、外国人、ハーフが主であるように感じています。ですが、私のような、日本人であるというアイデンティティと日本人的規範の間で股を裂かれる帰国子女という存在も、注目され、議論されるようになることを願っています。様々なルーツやバックグラウンドの交差点に立つ人たちは、自分を取り巻く地域の風景や社会のありようを、どう感じているのでしょうか。当事者本人が綴った思いを、紹介していきます。

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